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研究室案内

九州大学 岡本剛研究室は、「現役」の脳科学者・神経科学者・医工学者・データ科学者である岡本が主宰し、2013年10月に産声を上げた研究室です。九州大学には岡本姓の先生が複数いらっしゃるので、フルネームで岡本剛研究室と呼称します。研究対象はヒトの脳で、目指すモノ・コトや扱うテーマが多岐にわたるため、2019年11月より研究分野を【脳機能*学】と表現しています。「*」はいわゆるワイルドカードを表していて、その中には、ブランク・計測・解析・情報・構築・制御・向上などが入ります。あえてそのまま読むと「のうきのうアスタリスクがく」ですが、言いにくいので「のうきのうスターがく」とでも読んで下さい。「者」をつけると「脳機能スター学者」になりますね。

岡本は、東大・合原研のポスドクから九大に来て以来、多数の研究者、企業、自治体等と共同研究を行い、研究プロジェクトを企画・管理・運営し、学生さんを指導してきました。そして2013年10月1日付で大学院システム生命科学府のDマル合教員となり、長らくの念願だった自分の研究室を持てることになりました。このページでは、当研究室が何を目指し、ここに入れば(または共同研究を行えば)どのような研究が出来るのか、について簡単に説明したいと思います。研究内容共同研究のページも合わせてお読み頂ければと思いますが、当研究室は日々進化していてウェブサイトでの紹介・解説が追いついていない部分があります。岡本の最新の考えや方針などは気まぐれ雑記に書くことがありますので、そちらもお読み頂くと良いかもしれません。

当研究室では、基礎脳科学研究にも応用脳科学研究にも取り組んでいますが、その根底にあるモチベーションの1つは脳の情報処理メカニズムを解明したいという思いにあります。脳は人間活動の根幹を担い、そして全ての学問を生み出し続けています。人間にとって最も身近で最も重要な存在の一つでありながら、その実態は宇宙のごとく未解明なことだらけです。その脳に対して、私たちは主に感覚系という切り口で迫っています。具体的には、脳は外部刺激にどう反応し、外部刺激をどう解釈しているのかの問いに答えるべく研究に取り組んでいます。他人の本心はなかなかわからないものですが、視覚、聴覚、嗅覚、温熱感覚などの感覚応答であれば、人間同士はもちろん、人間と他の生物にも共通点が沢山あります。そこを調べながら、脳の機能や仕組みを明らかにしていきたいと思っています。

研究のスキーム

感覚系について少しだけ解説をしておきましょう。ヒトをはじめあらゆる生物は、周囲の環境に存在するなんらかの「外部刺激」を取り込んで脳内で「情報」に変換し、応答・解釈し、活動を行っています。これらの情報は感覚情報といい、脳に入力される情報の非常に大きな部分を占めます。

日常的に気づかないほど自然で当たり前のように受け取っている感覚刺激ですが、実は脳の中でどのようなメカニズムで処理されているのかはまだ完全には解明されていません。例えば、視覚では「結びつけ問題」という有名な未解決問題があります。カラフルなボールを使ってボールジャグリングの練習をする様子を想像してください(下のイラストも参照。ジャグリング部顧問になったので、例をこれに変えました)。ここでは簡単のため、素人がボールの軌道をしっかり見ながら練習することにします。その場合、例えば緑のボールを右手から放り上げた後、その色と動きを認識し、それらの情報や過去の経験からボールが落ちる場所と時間を即座に見積もり、手を伸ばしてキャッチします。脳の中で緑という「色」を処理する場所、その「動き」を処理する場所は異なっていることが知られているものの、それらがどのようにして統合されているのかは未だ解明されていないのです(仮説はあります)。

日常的に気づかないほど自然で当たり前のように感覚刺激を受け取れるほど、脳の感覚野は巧みな構造になっていると言えます(下図は一次視覚野の傾き選択性を幾何学的に表現したハニカム構造モデル、別名 Okamoto model)。しかしながら、進化の過程で重視されなかったであろう特殊な条件などでは、脳の感覚情報処理はエラーを起こすこともあります。その例が、錯視や錯聴のような錯覚です(Google の画像検索で錯視と入れてみて下さい。そこには楽しくも不思議な世界が拡がっているはずです)。その錯覚のメカニズムを解明することで、本来の感覚情報処理メカニズムを推定するという方法論もあります。

錯視のように脳の構造上やむを得ず起こってしまう現象がある一方で、脳は上記のような「できあがった構造」を有効に使って、さらに情報処理を進める「したたかさ」を兼ね備えている可能性が示唆されています。一次視覚野に関しては、2011年に私がNatureの姉妹誌であるScientific Reportsに論文を発表しました(Predicted contextual modulation varies with distance from pinwheel centers in the orientation preference map、九大プレスリリース:大脳一次視覚野の機能構築に関する新説)。ここでは、共同研究者の実験データを独自に解析し、その解析結果をモデルに組み込んで計算機シミュレーションを行い、これまで知られていなかった機能構造に関する新説(風車構造の中心と周辺で細胞の刺激応答特性がシステマティックに変わる)を提唱しました。これにより、25年来の議論に1つの回答を出しました。

当研究室では、視覚をはじめ、聴覚、体性感覚、嗅覚、温熱感覚などに興味を広げながら、感覚情報処理メカニズムの解明を進めています。最近では実験研究がメインになりつつありますが、理想的な研究の流れは、実験を設計・実施し、実験データを解析・統計検定し、実験結果を数理モデル化・計算モデル化し、計算機シミュレーションで脳活動の再現・予測を行ってメカニズムを説明するというものです。実験研究がメインであれば、実験データの解析・統計検定の後、現象のメカニズムを考察して結論を導いて一旦終わり、となりがちですが、実験の先にはモデル化とシミュレーションのステップがあり、「メカニズムの解明」のためにはそこまで進めるべきであると思っています(それらの指導もできます!)。なお、これまで解析し数値化してきた実験データは、脳波・脳磁図等脳活動に関係するもの、運動動作に関係するもの、その他の生体信号、免疫染色画像など非常に多岐にわたるため、それらの紹介は研究内容のページにおいて一部簡単に記すに留めますが、追々解説していきたいと思っています。

上記のように感覚情報処理に関する脳科学の基礎研究を行う一方で、研究成果を産業・社会に還元するための応用研究も行いたいという思いから、近年は匂いや温熱環境の脳科学的評価研究にも取り組んでいます。前者は、様々な製品・環境の匂いを脳科学的に評価したり、何らかの機能性を持つ香りを開発したりしています。ヒトでの脳機能計測を組み合わせた匂い評価は、実は国内外合わせて実施している研究室が極めて限られているのが現状です。後者は、気温・湿度・風速などの物理的要素から快適さの指標を求める従来の快適性評価研究と異なり、その環境において脳・神経系がどのように反応しているかで快適性を評価する、脳科学的視点に立った新しい取り組みと言えます。電力不足を解消するための1つの方法として、快適かつ省エネに優れた住環境を提案するなど企業との共同研究も積極的に展開しています。将来的には、匂いや温熱環境について脳が快適だと思うメカニズムを、数理モデルや計算モデルで説明したいと考えています。

また、最近では、研究成果プレスリリースにも掲載しているように、思考力や発想力などの高次脳機能や運動機能等を向上させるニューロフィードバックの開発や、人工知能技術を用いて脳を理解するための研究にも積極的に取り組んでいます。

当研究室では、脳機能の解明に向けて、実験、解析、理論の各方面から取り組んでみたいという意欲とやる気のある学生さんを歓迎します(もちろん、実験だけを追究するというスタンスでも構いません)。世界をあっと驚かせたいというような野望のある学生さんは大歓迎です。脳科学はいま世界中で盛んに研究がなされていてライバルは多いですが、まだまだ発展途中の学問であり攻め込む余地が大いにあります。そして、アプローチが多様で自由です。柔軟な発想で斬新な研究手法を開発し、地道にコツコツやるべきことは徹底的にコツコツやり、一緒に脳科学のフロンティアを拓きましょう。

なお、学位審査等は伊良皆研究室Lauwereyns Lab.と一緒に行っています。

署名

研究室責任者 岡本剛

公開日: 2014年08月13日
最終更新日: 2023年03月24日